2015.05.22更新

第1 はじめに
 「r>g」というテーゼによって経済格差を分析したトマ・ピケティの『21世紀の資本』では,相続の問題と不透明な国外資産の問題が,重要なテーマとして取り上げられています。また,各国の税制を分析して日本のあるべき税制を提言している森信茂樹中央大学教授(棚瀬法律事務所顧問)の新刊『税で日本はよみがえる 成長力を高める改革』では,第3章の「税の攻防:企業vs.国家-租税回避への対応」で出国税の問題などを取り上げ,第7章の「資産・所得格差と税制」で相続の問題などを取り上げています。
 このように,国際相続や国外資産の調査の問題は,現代社会において非常に重要な問題になっています。
 そこで,今回の法務ノートは,日本に新たに導入された「国外財産調書の提出制度」と「国外転出時課税制度(出国税)」について解説をします。

 

 

第2 国外財産調書の提出制度
1.制度の概要
 国外財産を保有する者が,その保有する国外財産について申告をする仕組みとして,「国外財産調書制度」が創設され,平成26年1月から施行されています。
 具体的には,その年の12月31日において,その価格の合計額が5000万円を超える国外財産を保有する居住者(「非永住者」を除きます)は,翌年の3月15日までに,その財産の種類,数量及び価額その他必要な事項を記載した国外財産調書を提出しなければなりません(内国税の適正な課税の確保を図るための国外送金等に係る調書の提出等に関する法律5条1項)。
 正当な理由がなく提出期限内に国外財産調書を提出しなかった場合や,偽りの記載をして国外財産調書を提出した場合には,1年以下の懲役又は50万円以下の罰金に処することとされています(同法10条)。

 

2.国外財産の所在及び価額
 国外財産調書の対象となる「国外財産」は,「国外にある財産をいう」と定義されており(同法2条14号),「国外にある」かどうかの判定については,同法5条3項,同法施行令10条1項により,相続税法10条の規定によることとされています。たとえば,「不動産又は動産」は,その不動産又は動産の所在,「預金,貯金又は積金」は,その預金,貯金又は積金の受入れをした営業所又は事業所の所在,「有価証券等」は,その有価証券を管理する口座が開設された金融商品取引業者等の営業所等の所在によって判定します。
 また,国外財産の「価額」は,その年の12月31日における「時価」又は時価に準ずるものとして「見積価額」によることとされています(同法5条3項,同法施行令10条4項,同法施行規則12条5項)。
 
3. 記載事項
 国外財産調書には,提出者の氏名,住所(又は居所)に加え,国外財産調書の種類,数量,価額,所在等を記載することとされており,国外財産に関する事項については,種類別,用途別,所在別に記載する必要があります(同法5条1項及び3項,同法施行令10条7項,同法施行規則12条1項)。

 

4. 過少申告加算税等の特例
 国外財産調書の提出制度には罰則規定もありますが,適正な提出に向けたインセンティブとして,過少申告加算税及び無申告加算税の特例措置が設けられています(同法6条)。
 具体的には,国外財産調書を提出期限内に提出した場合には,所得税等又は相続税の申告漏れが生じたときであっても,その国外財産に関する申告漏れに係る部分の過少申告加算税等について,5%減額されます。他方で,国外財産調書の提出が提出期限内にない場合又は提出期限内提出された国外財産調書に記載すべき国外財産の記載がない場合に,その国外財産に関する所得税等の申告漏れが生じたときは,その国外財産に関する申告漏れに係る部分の過少申告加算税等について,5%加算されます。

 

5. 進む情報交換
 国税庁は,海外に5000万円を超える財産を持つ日本人について,2013年末の時点で,少なくとも5539人に上り,財産の総額は2兆5142億円,一人当たりで4億5000万円余りになると公表しています。
 森信茂樹顧問は,財産債務調書制度の創設(2018年から),国際的な税金の徴収の共助に関する国内手続の整備なども進みつつあり,タックスヘイブンに資産を移せば脱税が可能になるという単純な時代は終わったといってよい,と評しています(森信茂樹『税で日本はよみがえる 成長力を高める改革』137頁)。

 

 

第3 国外転出時課税制度(出国税)
1. 制度の概要
 国外転出時課税制度は,平成27年度税制改正において創設され,平成27年7月1日から施行される制度です。
 以下の①から③までに掲げる時において,一定の居住者が1億円以上の有価証券などの対象資産を所有している場合,①から③までに掲げる時に対象資産の譲渡又は決済があったものとみなし,対象資産の含み益に対して所得税が課税される制度です。

①対象者が国外転出をする時
②対象者が国外に居住する親族等へ対象資産の一部又は全部を贈与する時
③対象者が亡くなり,相続又は遺贈により国外に居住する相続人又は受遺者が対象資産の一部又は全部を取得する時 

 「出国税」と言われますが,新たな税金が創設されたのではなく,所得税法の特例として規定されています(所得税法60条の2,60条の3)。

 
2. 制度創設の背景事情
 日本の居住者が株式を売却する場合,キャピタルゲイン(売却益)について,約20%の税金(所得税15%,復興特別所得税0.315%,住民税5%)が課されます。他方で,日本の非居住者が株式を売却する場合,租税条約上,株式等のキャピタルゲインについては株式等を売却した者が居住している国に課税権があるとされています。
 これを利用して,巨額の含み益を有する株式を保有したまま,シンガポールや香港などのキャピタルゲイン非課税国に出国して,その後に売却することにより,税負担を回避するということが可能になり,租税回避として問題になりました。いわゆる「二重非課税」の問題です。
 このような出国時における未実現のキャピタルゲインに対する譲渡所得課税の特例を定めたのが出国税です。出国に係る課税の特例は,アメリカ,イギリス,ドイツ,フランス,オーストラリアなど多くの国で導入されています(平成26年11月7日第12回税制改正調査会 説明資料「BEPS行動計画に関連する検討課題(所得税関連)」)。

 

3. ポイント
(1) 2つのパターン
 出国税が問題になるのは,前記①から③の時ですので,対象資産を所有する対象者が国外に「出国」する時(①)でなくても,贈与(②),遺贈及び相続の時(③)にも問題になります。条文上は,所得税法60条の2が「国外転出をする場合の譲渡所得等の特例」を規定し,60条の3が「贈与等により非居住者に資産が移転した場合の譲渡所得等の特例」を規定しています。基本的な仕組みは,国外転出の場合も贈与等の場合も同様です。

(2) 申告・納付期限
 出国税は所得税の特例措置ですので,所得税の申告・納付期限が「出国税」の申告・納付期限となります。国外転出の場合は国外転出をした者が,贈与の場合は贈与者,相続・遺贈の場合は相続人が,確定申告(相続・遺贈は準確定申告)をする必要があります。
 申告・納税については,納税管理人を届け出る場合,納税猶予の申請をして担保を提供する場合,5年以内に帰国した場合,国外転出や贈与等の時の価額よりも下落している場合などについて,細かい規定があります。

(3) 5年以内に帰国する場合
 国外転出の日から5年を経過する日までに帰国した場合(受贈者等が5年以内に帰国した場合),帰国後4か月以内に更正の請求をすることにより,課税の取消し,又は還付を受けることができます。もっとも,5年以内に帰国することが予定されていても,出国税の申告手続は必要ですので,いったん申告をして5年以内に帰国したときに更正の請求をする必要があります。
 出国時に納税をした場合には,担保提供や継続適用届出書の提出,利子税の支払いの必要がなくなりますが,価額が下落したときの引き直しができなくなります。他方で,納税猶予を申請した場合には,担保提供や継続適用届出書の提出,利子税の支払いが必要となりますが,価額が下落したときの引き直しができます。
 また,納税猶予を適用していない場合や,納税猶予の適用を受けているが納税猶予期間を10年間に延長していない場合には,5年を経過後に帰国したときに出国税の課税取り消しはできません。他方で,納税猶予の期間の延長の適用を受けている場合には,10年以内に帰国したときに出国税の課税取り消しが認められます。
 このようなメリット・デメリットを考慮して,納税猶予を適用するかどうかを決める必要があります。

 

4. 具体例
(1) ユニマット事件
 日本国内のマンションからシンガポールに転出したと主張する経営コンサルタントが,香港において株式の譲渡を行った際の「住所」がどこか争われた「ユニマット事件」では,住居,職業,生計を一にする親族の居所,資産の所在等の客観的事実に基づき,総合的に判断して,日本に住所を有していたと認めることはできないとして,日本では課税することができないとされました(東京高裁平成20年2月28日)。
 しかし,出国税が施行された場合,このような事案では,国外に転出する時に出国税の課税が問題になってきます。

(2) 武富士事件
 武富士の創業者が,自ら保有する武富士株をオランダの会社に移し,その外国会社の株式を,贈与時に香港に在住していた子どもに贈与した「武富士事件」では,受贈者が日本に住所を有していたとはいえないとして,日本では課税することができないとされました(最高裁平成23年2月18日)。
 贈与が問題になった平成11年当時は,贈与により取得した財産が国外にある場合には,受贈者が当該贈与を受けた時において国内に住所を有することが,当該贈与についての贈与税の課税要件とされていました。そのため,贈与者が所有する財産を国外へ移転し,さらに受贈者の住所を国外に移転させた後に贈与を実行することによって,我が国の贈与税の負担を回避するという方法が存在しました。
しかし,その不公平感から税制に対する信頼を損ないかねない状況が生じたため,平成12年の租税特別措置法の改正により,同法69条の2が新設され,住所を有しない者であっても日本国籍を有する者(その者又は当該贈与に係る贈与者が当該贈与前5年以内において同法の施行地に住所を有したことが場合に限る。)は,贈与税を納める義務があるとされ,平成15年の相続税法の改正により相続税法1条の4第2号にその規定が引き継がれました。
 出国税が適用される場合,非居住者に対して株式等の対象財産を贈与等により移転した時に,その贈与等の時に時価にて株式等の譲渡等があったものとみなして,譲渡所得等の金額を計算することになります。したがって,贈与者等と受贈者等の双方で課税が生じる可能性があります。

 

(弁護士 茨木 佳貴)

投稿者: 棚瀬法律事務所

棚瀬法律事務所03-6205-7930
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