2014.12.12更新

これからインド法務に関する記事を更新してまいります。

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投稿者: 棚瀬法律事務所

2014.12.01更新

 第3回目の法務ノートでは,私傷病休職と解雇・退職の問題ついて検討をおこない,最後に,全3回分についてのまとめを行います。

 

4. 休職制度


 前述のとおり,労働者が,保険給付の申請をして支給の決定を受けているかどうかに関係なく,業務上の疾病(労働災害)に該当すれば,労基法19条1項本文により,解雇が制限されます。他方で,労基法19条が適用されない場合(私傷病の場合),就業規則に基づいて,休職期間満了として解雇又は退職扱いすることができるかは,別の問題が生じます。
 労働者に就労させることが適切でない場合に,労働契約を存続させつつ労働義務を一時消滅させることを「休職」といいます。休職制度[1]。は,就業規則などに定められ,使用者が一方的に発令することが多く[2],私傷病休職や事故欠勤休職の場合,休職期間満了の時点で休職事由が消滅していないときには解雇や自動退職という効果が発生するものとされることがあります。
 この私傷病休職制度の趣旨は,労働者の病気の回復を待って解雇を猶予することにあるとされています。したがって,メンタルヘルスに不調がある労働者が,無断欠勤を続けているからといって,治療の機会や休職という精神疾患への配慮をせず,(懲戒)解雇をすることは,解雇権濫用となって解雇が無効になる可能性があります(日本ヒューレット・パッカード事件 最判平成24.4.27,国・気象衛星センター(懲戒免職)事件 大阪地判平成21.5.25)[3]。もっとも,上記のとおり,私傷病休職制度の趣旨は,労使双方に解雇の猶予を可能とすることにあるので,休職期間を経過しても傷病が治癒する可能性がない場合には,休職を発令せずに解雇しても,解雇権の濫用にはならないとする裁判例があります(岡田運送事件 東京地判平成14.4.24)。

 

5.「治癒」の判断基準

 
 使用者が,就業規則に定める休職制度に従って休職させ,休職期間が満了したことを理由として解雇又は退職扱いをした場合,労働者から,復職の要件である「治癒」をしているから,解雇又は退職扱いは無効であると争われる可能性があります。では,休職事由が消滅した,すなわち,「治癒」したと判断されるのは,どのような場合でしょうか。
 この場合の「治癒」とは,「債務の本旨」に従った履行の提供ができるかが問題になるため(民法493条),症状固定といった意味ではなく,従前の職務を通常の程度に行える健康状態に復したことを意味します。したがって,①休業期間満了時までに,②従前の職務を支障なく行える状態に達していることが原則になります。
 もっとも,休職期間満了時に従前の職務を支障なく行える状態にまでは回復していなくとも,①相当期間内に治癒することが見込まれ,かつ,②当人に適切なより軽い作業が現に存在するときには,使用者は労働者を病気が治癒するまでの間その業務に配置すべき信義則上の義務を負い,労働契約の終了(解雇又は自動退職)の効果は発生しないと解釈されています[4]。(エール・フランス事件 東京地判昭和59.1.27,東海旅客鉄道事件 大阪地判平成11.10.4,全日本空輸事件 大阪地判平成11.10.18,キャノンソフト情報システム事件:大阪地判平成20.1.25)。
 裁判例の多くは,治癒の判断に際し,「他の配置可能な業務」を視野に入れるべきであると判断していますが,この判断は,片山組事件判決(最判平成10.4.9)が影響しています[5]。この最高裁判決は,「労働者が職種や業務内容を特定せずに労働契約を締結した場合においては,現に就業を命じられた特定の業務について労務の提供が十全にはできないとしても,その能力,経験,地位,当該企業の規模,業種,当該企業における労働者の配置・異動の実情及び難易等に照らして当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる他の業務について労務の提供をすることができ,かつ,その提供を申し出ているならば,なお債務の本旨に従った履行の提供があると解するのが相当である」と判示しています[6]。
 このように,労働契約においては,使用者の賃金支払義務と労働者の労働義務の他に,労働契約の人間的・継続的性格から信義則上の誠実・配慮義務が付随義務として発生することがありますので,労務管理においては,信義則上の義務(民法1条2項,労働契約法3条4項)にも注意を払う必要があります。

 


6. 休職期間中の賃金


 私傷病で休職している場合に賃金が支払われるかについては,就業規則,労働協約,労働契約の定めによりますが,基本的には,「ノーワーク・ノーペイ」にしたがい,無給になるのが原則です。ただし,会社側の都合や会社の帰責事由によって休職となっている場合には,使用者の責めに帰すべき就労不能として,労働者は賃金請求権を失いません(民法536条2項)。
 たとえば,航空機のパイロットが,男女関係にあったキャビンアテンダントに対する傷害容疑で逮捕・起訴された事案で,約6ヶ月にわたる無給の起訴休職処分が無効であったという認定し,会社の責めに帰すべき事由による就労不能として賃金請求権を失わないとした裁判例があります(全日本空輸事件 東京地裁平成11年2月15日)[7]。また,前記の東芝(うつ病・解雇)事件判決のように,私傷病として就業規則の病気休職規定を適用して対応していても,休職の理由である精神疾患が業務上の疾病に該当すると判断されると,使用者に責任があるとして,休職期間中の賃金の支払いが命じられることがあります。

 


7. まとめ
 以上のとおり,まず,従業員のメンタルヘルス不調が,業務上の疾病に該当する場合には,労基法19条1項本文に基づいて,解雇が制約されることになります。次に,就業規則に規定されている傷病休職制度の趣旨が解雇の猶予にあることから,従業員をいきなり解雇するのではなく,休職による治療の機会を与える必要があります。さらに,休職期間満了時に,従前の職務を支障なく行える状態に達していなくても,相当期間内に治癒することが見込まれ,かつ,当人に適切なより軽い作業が現に存在する場合には,使用者は労働者を病気が治癒するまでの間その業務に配置すべき信義則上の義務を負い,その義務を履行せずに解雇又は退職扱いをしたときは,解雇等が無効になります。
 第2で述べたとおり,メンタルヘルスに不調がある従業員がいる場合には,企業業績が悪化する可能性があるだけでなく,様々な法規制により裁判で敗訴するリスクが高まるため,改正労働安全衛生法や過労死防止法の趣旨に則り,従業員のメンタルヘルス対策を充実・強化することが重要になってきます。

以上

(弁護士 茨木 佳貴) 

 


 

注1) 傷病休職,起訴休職,出向休職,組合専従休職などがあります。
注2) 休職命令が無効になった裁判例として,クレディ・スイス証券事件 東京地判平成24.1.23。
注3) 無断欠勤以外の秩序義務違反(上司に対する暴言,備品の損壊等)が加わると,解雇が有効と判断されやすくなります(東京合同自動車事件 東京地判平成9.2.7,豊田通商事件 名古屋地判平成9.7.16,T&Dリース事件 大阪地判平成21.2.26等)。
注4) 職種・職務が特定されている場合であっても,信義則上の義務を認め,解雇を無効とした裁判例もあるので注意をする必要があります。
注5) バセドウ病に罹患して,使用者から自宅治療命令を発せられた労働者が,他の業務(事務作業)を行うことはできると申告したにもかかわらず,自宅治療命令が持続させられ,その期間中の賃金が支払われなかったことについて争われた事件です。
注6) 結論として,当該労働者が配置される現実的可能性があると認められる業務が他にあったかどうか検討すべきであるとして,原判決を破棄して差戻しを命じています。
注7) 起訴休職制度の趣旨は,起訴された従業員をそのまま就業させることによる,企業の社会的信用の低下や企業活動の円滑な遂行に障害が生ずることを防ぐことにあります。起訴されたからといって,常に,社会的信用の低下等の影響が生ずるわけではないので,職務の性質,公訴事実の内容,身体拘束の有無などの事情を考慮して,起訴休職処分の有効性が判断されることになります。また,この判決では,仮に有罪となっても解雇処分は濫用とされる可能性が高く,減給も賃金締切期間分の10分の1を超えないとされていることなどと比較して,無給の起訴休職処分は著しく均衡を欠くということも理由にしています。

投稿者: 棚瀬法律事務所

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