2014.11.20更新

 第1回目の法務ノートでは,従業員のメンタルヘルス不調が問題になっている背景事情について検討をしました。

 第2回目は,労働災害と解雇・退職の問題について,検討を続けます。 

 

第3 従業員のメンタルヘルスへの対応

1. はじめに

メンタル不調図


 冒頭で説明したとおり,従業員のメンタルヘルス不調が,業務上の疾病に該当するかどうかにより,その後の対応は変わってきます。そこで,労災の場合について説明した後,私傷病の場合について説明していきます。

 

2. 労災補償制度

労災補償制度図

 労働者が事業場等で負傷,疾病,死亡等の被害(労働災害)を受けた場合に,不法行為上の故意・過失又は労働契約上の付随義務である安全配慮義務違反を理由とした損害賠償の他に,無過失責任としての労災補償制度が存在します。

 昭和22年に,労働基準法(労基法)と労働者災害補償保険法(労災保険法)が同時に制定されており,労災補償に関する2つの制度が設けられていますが,労災保険法による給付内容の方が手厚いことなどから,労基法上の災害補償が適用される余地はほとんどなくなっています[1]。

 労災保険給付は,「業務災害」又は「通勤災害」に対して支給され,「業務災害」については,「労働者の業務上の負傷,疾病,障害又は死亡」と規定されています(労災保険法7条1項1号)。具体的には,①「業務」といえるか(業務遂行性),②業務「上の」といえるか(業務起因性)の2つが問題となり,業務上の疾病(職業病)の認定については,「業務起因性」の判断が重要になってきます。

 「業務起因性」の立証には医学的知識を必要とすることが多いため,労基法施行規則は,別表第1の2において,医学的にみて業務に起因して発生する可能性が高い疾病を業務の種類ごとに類型的に列挙し,平成22年の改正で,加重負担による脳・心臓疾患,心理的負荷による精神障害などが明示的に列挙されました。そして,この改正を受けて新たに定められた「心的負荷による精神障害の認定基準」(平成23年12月26日基発1226第1号)は,いわゆる「ストレス-脆弱性理論」に依拠し,①対象疾病(精神障害)を発病し,②発病前6か月間に業務による強い心理的負荷が認められ,③業務以外の心理的負荷及び個体的要因により発病したとは認められないという3つの要件を満たした場合に,労基法施行規則別表第1の2第9号に該当する業務上の疾病として取り扱うこととしています。

 

3. 労基法19条

(1) 解雇制限

労基法19条1項本文は,「使用者は,労働者が業務上負傷し,又は疾病にかかり療養のために休業する期間及びその後30日間・・・は,解雇してはならない」と規定しています。これは,労働者が労働災害の際に安心して休業できるよう保障する趣旨で定められたものです。したがって,業務上の疾病により休職している場合には,解雇が制限されます[2]。

 労基法19条1項本文の「業務上負傷」,「疾病」については,労災補償制度上の業務上の負傷・疾病(労基法75条,労災保険法7条1項1号)と同じものであると解釈されています。もっとも,労災保険給付を受けるためには,被災した労働者が労災認定を受ける必要がありますが,労基法19条1項本文の適用についてはこの手続を取る必要がないとされていることが重要です。メンタルヘルス不調の場合,労災保険給付の申請を行うことなく,労働災害か私傷病かが明確にされないまま,後述する就業規則上の休職規定に基づいて休職することが多いとされており,裁判で解雇の有効性が争われたときに,労働基準監督署長の判断を経ることなく,労基法19条の適用の有無が争点となるケースが増えています。例えば,休業期間中の解雇の有効性や賃金請求の可否等が問題となった東芝(うつ病・解雇)事件(最判平成26.3.24)は,第1審判決後に,労災不支給処分を取り消す旨の判決が確定していますが,1審判決の時点で,労基法19条1項を適用して解雇を無効としています。

 

(2) 打切補償

 労基法19条1項ただし書きは,「ただし,使用者が,第81条の規定によって打切補償を支払う場合・・・においては,この限りでない」と規定し,療養開始後3年を経過しても負傷・疾病が治らない場合に,使用者が平均賃金の1200日分の打切補償を行うときは,同法19条1項本文による解雇制限を解くものとされています[3]。

解雇が認められたアールインベストメントアンドデザイン事件では,労災保険を用いることなく,会社が,業務上の疾病として取扱って休業補償として賃金の6割の支給を続けていました。これに対し,労基法75条に基づいて使用者が直接療養補償を行っている労働者ではなく,労災保険法に基づいて労災保険給付として国から療養補償給付等を支給されている労働者に対して使用者が打切補償を行って解雇する場合に,労基法19条ただし書きが適用されるかが問題となっています。

この問題については,現在,最高裁で争われていますが,1審も2審も,解雇制限解除の趣旨が,療養が長期化した場合に使用者の災害補償の負担を軽減することにあることや,労基法81条が「第75条の規定によって補償を受ける労働者」と規定していることなどから,解雇は無効であると判断しています[4][5](専修大学事件東京高判平成25.7.10)。


 (弁護士 茨木 佳貴)

 


注1) ①暫定任意適用事業(常時5人未満の労働者を使用する個人経営の農林水産事業)のうち,任意に労災保険に加入していない事業で使用される労働者の業務災害についての災害補償,②労災保険法による休業補償給付が休業の4日目から支給される関係で(労災補償法14条1項),休業の最初の3日間についての休業補償のみです。従業員のメンタルヘルス不調に関連する法律として,平成26年6月20日に,過労死等防止対策推進法(過労死防止法)が超党派議員立法として成立しています。
注2) 休職期間満了に伴う「解雇」ではなく,「退職」であっても,労基法19条1項が類推適用されます(アイフル(旧ライフ)事件大阪高判平成24.12.13)。
注3) 労基法81条の打切補償をしたうえで解雇をして,解雇が有効であるとされた裁判例として,アールインベストメントアンドデザイン事件(東京高判平成22.9.19)があります。
注4) 高裁判決は,「雇用関係が継続する限り,使用者は社会保険料等を負担し続けなければならない。しかし,使用者の負担がこうした範囲にとどまる限りにおいては,症状が未だに固定せず回復する可能性がある労働者について解雇制限を解除せず,その職場への復帰の可能性を維持して労働者を保護する趣旨によるものと解されるのであって,使用者による社会保険料等の負担が不合理なものとはいえない」と判示しています。
注5) 労災保険法19条は,療養の開始後3年を経過した日において被災労働者が傷病補償年金を受けている場合または同日後において傷病補償年金を受けることとなった場合には,労基法81条に定める打切補償を支払ったものとみなすと規定しています。傷害補償年金の支給対象は,傷害等級1~3級に該当する身体に著しい物理的損傷を受けた被災労働者です。したがって,傷害補償年金を受給するほど労働能力に大きな減退がみられる労働者については解雇制限を解除し,それよりも軽い労働者については解雇を制限し,就労の機会を保障しているといえます。このような厳格な制約は,業務上災害を惹起した使用者に対する責任非難として説明されています。

 

 

投稿者: 棚瀬法律事務所

2014.11.12更新

 

 全3回にわたって,「メンタルヘルス不調を理由とする解雇・退職」について,法務ノートを書いていきます。

 第1回目は,「メンタルヘルス不調」が問題になっている背景事情を検討します。第2回目は,労働災害と解雇・退職の問題を中心に検討し,第3回目は,私傷病と解雇・退職の問題を中心に検討していきます。 

 

【キーワード】

メンタルヘルス/労働安全衛生法の改正/休職制度/労働基準法19条/休職期間満了と解雇・退職

 

【相談】
 当社の従業員が,精神的に不安定になり,会社を休むようになりました。就業規則には,休職に関する規定があり,「休職期間満了までに休職事由が消滅しない場合,当該従業員は会社から当然に退職するものとする」という規定もあります。当該従業員を,病気休職扱いにせずに,解雇することはできないでしょうか。また,病気休職扱いにした場合,休職期間は最長で12ヶ月とされているのですが,12ヶ月経過しても回復しないようであれば,就業規則どおり,退職扱いにしても問題ないでしょうか。

 

第1 はじめに
 相談事例のようにうつ病等のメンタルヘルス不調が発生した場合,それが「業務上の疾病」であるのか「私傷病」であるのかにより,会社の対応は大きく分かれます。具体的には,業務上の疾病(労働災害)に該当するときは,労働基準法19条により解雇が制限されます。また,私傷病の場合には,労基法19条による解雇制限はありませんが,判例上の制限があります。
 以下では,「第2」で,メンタルヘルス不調に関する背景事情をみたうえで,「第3」で,具体的な法規制について検討していきます。

 

第2 背景事情
1. 精神疾患の労災申請・労災認定の増加

 厚生労働省のまとめによると,うつ病などの「メンタルヘルス不調」を理由として労災請求をした件数が,平成25年度で1409件となり,前年度比で152件増加して過去最多となりました。また,認定件数(支給決定件数)も436件となり,前年度比で39件の減少となっているものの,過去2番目の多さとなっています。
 厚生労働省は,申請増の要因について,「仕事上のストレスで医療機関でうつ病と診断される人が増えている。うつ病などを労災申請できるとの意識も浸透してきた」と説明しています。

訴求件数

認定件数

 

2. 労働安全衛生法の改正
 上記のとおり精神障害の労災請求件数及び認定件数が増加している現状があり,労働者の健康状態を把握し,メンタル不調に陥る前に対処する必要性があることから,「労働安全衛生法の一部を改正する法律」が第186回国会で成立し,平成26年6月25日に公布されています(注1)。
 メンタルヘルス検診義務化を内容とする改正法案は,平成23年の第179回国会から提出されていましたが,衆議院の解散により廃案となっており,当初の改正法案と成立した法律には相違があります。たとえば,メンタルヘルス検診の義務は,従業員50人以上の事業場とされ,50人未満の事業場については当分の間努力義務とされています。また,労働者の受診義務については削除されています。
 ストレスチェック制度の概要については,以下の図表を参考にしてください(注2)。

 ストレスチェック制度

3. 2つのリスク
(1) 企業業績の悪化
企業悪化
 従業員のメンタルヘルス不調は,企業業績にも悪影響を与える可能性があることが指摘されており,「メンタルヘルスを損なう従業員が増加した場合,その影響はすぐには現れないものの,時間的ラグを伴って利益率は顕著に低下する」という研究結果が報告されています3。メンタルヘルスによる休職者が全従業員に占める比率は平均で1%未満と低いにもかかわらず,休職者比率の上昇が企業業績を悪化させる原因として,「メンタルヘルスによる休職者比率の経年的な変化は,当該従業員だけでなく,その企業の従業員全体の平均的なメンタルヘルスの変化の代理指標となっている可能性が考えられる」と分析されています。
 メンタルヘルスの問題は,従業員の個人的な問題と捉えてしまう傾向がありますが,企業経営の問題として取り組む必要があります。
(2) 紛争のリスク
 従業員のメンタルヘルス不調は,企業業績の悪化という問題だけではなく,端的に,紛争のリスクとして捉える必要があります。具体的には,労災民訴(会社や取締役個人に対する損害賠償請求),労働者たる地位確認請求(解雇無効)などが問題になります。


 「第3」以降では,具体的な裁判例を参照しながら,メンタルヘルス不調と解雇の流れについて検討します。

(弁護士 茨木 佳貴)

 


注1) 従業員のメンタルヘルス不調に関連する法律として,平成26年6月20日に,過労死等防止対策推進法(過労死防止法)が超党派議員立法として成立しています。
注2) メンタルヘルス検診の義務付けについて,企業側からは,簡易なストレスチェックにより予見可能性や安全配慮義務違反の範囲が拡大することが懸念されています。
注3) 2014.6.13日本経済新聞朝刊「企業業績に影響大」

投稿者: 棚瀬法律事務所

棚瀬法律事務所03-6205-7930
法務ノート インド法務 News letter
著書紹介 講演・セミナー紹介