2016.06.11更新

 

1 インドにおける粉飾決算と監査役の責任

 近時、日本において粉飾決算とこれにまつわる監査役の義務及び責任が取り沙汰され、議論されておりますが、インドにおいても同様の議論が存在します。その端緒が2009年に発生したSatyam Computer Services Limited(以下「Satyam」)の粉飾事件です。Satyam粉飾事件の発覚により、監査役の義務と責任のあり方が積極的に議論するに至り、また、同事件は2013年に改正されたインド会社法にも大きな影響を与えております。本稿では、日本会社法における監査制度と対比しつつ、Satyam事件の概要と新会社法における監査役の義務と責任について俯瞰します。

 

2 Satyam粉飾決算事件の概要

 2009年1月7日、インドの著名IT企業であるSatyamのCEOであるRamalinga Raju氏が辞職するとともに同社が粉飾決算を行っていることを告白しました。その粉飾は約7年間にわたって行われており、粉飾額は約11億米ドルに及びました。そして、この粉飾の結果、同CEOは懲役7年の宣告をうけています。

 同事件において、会計士による意図的な粉飾の見逃しが認定されたわけではないものの、粉飾を見抜けなかったことに重過失があったものとして、インド勅許会計士協会は、同社の監査に従事していた4名の勅許会計士に対し、生涯にわたって勅許会計士活動を禁止する処分を下すとともに、そのうち監査部門代表パートナーに約80万米ドルの最高額の経済制裁を課しました。また、同事件をきっかけに、Confederation of Indian Industries(CII)等の産業団体がコンプライアンスに関する提言を行い、インド企業省がコーポレートガバナンスに関する任意ガイドラインを制定するなど、監査役の役割と責任に関する議論が活発化しました。Satyam粉飾決算事件は、不正会計や非倫理的監査といったインドにおけるコーポレートガバナンス実務の欠点を浮き彫りにしたのです。

 これらの議論を踏まえ、2013年に大幅に改正されたインド会社法では、監査に関するコンプライアンス水準が大幅に引き上げられるに至りました。

 

3 インド会社法における監査制度

 

(1) 日本会社法との監査制度の差異
 インド新会社法下における監査制度の中身に踏み込む前提として、日本とインドの監査制度に関する主要な差異について説明します。

 まず、日本では、全ての会社に対して公認会計士等の外部の専門家に会計監査を実施させる義務が課されるわけではありませんが、インドにおいては、全ての会社が勅許会計士(日本における公認会計士)または会計事務所を監査役として選任し、会計監査を実施させ、しかもその結果を中央政府に報告しなければならない点で大きく異なります。

 また、日本における監査の範囲は、監査役に取締役の行為の差し止め権限に象徴されるように、会計監査のみならず業務監査にも及びますが、インドにおける監査役の監査範囲は会計監査に焦点が当てられており、監査役の業務範囲が異なります。

 

(2) 法定監査
 このように、監査役の主な役割が会計監査にあるため、インド会社法における監査制度は法定監査と呼ばれる会計監査を中心に設計されております。 監査役は、会社の財務書類や会計帳簿が法の定める会計基準に従って作成されていることを確実にするために監査報告書を作成しなければならず(会社法143条2項)、これを法定監査といいます。

 新会社法は第10章の139条から147条にかけて、法定監査に関連して監査役の選任、解任/辞任、適格、資格、非適格について規定しております。改正に伴い、監査役の役割と責任に関する新たな条文が導入されており、また、監査役の義務や非適格要件の範囲を拡大しております。

 

(a) 監査役の選任、解任、補充
 全ての会社は、監査役を選任しなければならず(会社法139条1項)、 原則としてその選任は株主総会普通決議によって行われます。具体的には、取締役会は、次期監査役を選任するために、勅許会計士協会等による処分の有無、監査役としての適格の有無、その会社の規模や要求に見合った経験や技能の有無を考慮した上、監査役候補者の名称を、定時株主総会において株主に対し推薦し(施行規則3条1項、3項)、これを受けて株主は定時株主総会において監査役を選任することとなります。なお、監査役は毎年の定時株主総会において株主の承認を受けなければなりません(会社法139条1項第1但書)。

 新たに設立された会社の場合、会社登記から30日以内に取締役会が最初の監査役を選任しなければなりませんが、これを怠った場合、当該取締役会は会社の株主等に当該事実を通知し、同株主等が90日以内に臨時株主総会によって最初の監査役を選任しなければなりません。当該監査役は最初に行われる定時株主総会の終結まで監査役の職務に服します(同条6項)。

 これに対して、任期満了前に監査役を解任するためには、非常に厳格な手続要件が要求されております。具体的には、中央政府の事前承認を得た上で、聴聞の機会の付与を前提とする株主総会特別決議を経る必要があります(会社法140条1項)。

 また、監査役に欠員が出た場合、取締役会は30日以内に取締役会決議によって監査役を選任しなければなりませんが、同欠員が監査役の辞任によって発生した場合、取締役会の選任に加えて、取締役会の推薦から3ヶ月以内に開催される株主総会の承認決議を得なければなりません(139条8項)。

 

(b) 監査役の任期
 監査役の任期は原則として5年1期とされております(139条1項)。 ただし、Satyam粉飾決算事件を受けて、同一監査役によって長期間におよぶ監査が実施されることによって重大な不正会計が行われる危険を避けるため、一定規模以上の会社に対して、監査役の再任に関する規制が導入されました。

 具体的には、(i)上場会社、(2)払込資本金額が1億ルピー以上の公開会社、(iii)払込資本金額が2億ルピー以上の非公開会社、(iv)公的借入等が5億ルピー以上の会社においては、5年1期(会計事務所の場合には再任も含め5年2期の計10年まで伸長可能)の任期満了後、5年間は当該監査役をその会社の監査役として選任することはできないこととされました(ローテーション義務。139条2項、施行規則5条)。なお、ローテーションの後任として、同一の関連組織に属する個人または会計事務所を監査役として選任することは許されません(施行規則6条3項2号)。

 

(c) 監査役の資格要件と非適格要件
 勅許会計士又はインドにおけるパートナーの過半数が勅許会計士である会計事務所(LLPを含む)が、監査役に就任することができます(会社法141条1項2項)。 旧会社法では、法人(LLPを除く)又は会社の役員若しくは従業員又は会社、その親会社、その子会社又はその関連会社に対して負債有するもの若しくは1,000ルピーを超えるその株式その他利害関係を有するものは、その会社において監査役として選任される適格を有しないとされておりました。

 しかし、法定監査実施における更なる独立性を確保するために、会社法は以下の法定監査人選任に関する非適格要件の範囲を拡大しました(141条3項)。

(i) 会社、その子会社、その親会社又はその関連会社との間で取引関係を有するもの
(ii) 親族が会社の取締役又は主要経営者に該当するもの
(iii) 他所において常勤で雇用されているもの又は20社を超えて監査役として選任されている個人または会計事務所のパートナー
(iv) 裁判所より不正行為に関し有罪宣告を受けたもので、かつ、同宣告日から10年が経過していないもの
(v) その子会社、関連会社等が禁止されている非監査サービスに従事しているもの

 

(d) 財務報告に関する内部統制及び不正行為の報告
 監査役は、財務報告に関する内部統制の有効性に関して、監査報告書において言及する必要があります(会社法143条3項(i))。ここにいう財務報告に関する内部統制とは、会社によって採用されている統制のとれた効率的な事業遂行を確保するためのポリシー又は手続きを意味するとされており、会社ポリシーの遵守、会社資産のセーフガード、不正行為や過失の予防・発見、会計記録の完備と正確性の確保、信頼性のある財務情報の適時の準備が含まれます(会社法134条5項(e)説明書)。

 また、Satyam粉飾決算事件の反省から、監査役が、その業務遂行の過程において、役員や従業員による1千万ルピー以上の不正行為が会社に対して行われたと信ずるに足りる理由があると認める場合、監査役はこれを中央政府に報告しなければならないこととされました(会社法143条12項、施行規則13条)。なお、不正行為が1千万ルピーに満たない場合、監査役は、監査委員会設置会社については同委員会に、非設置会社に関しては取締役会に不正行為を報告しなければなりません。

 

(e) 非監査業務提供の禁止

 監査役が多様な機能を果たすことによって発生しうる利益相反を排除するために、監査役を務める会社、その親会社又はその子会社に対して直接的又は間接的に提供が禁止される非監査業務が規定されました。具体的には投資アドバイザリーサービス、内部監査、マネジメントサービス、記帳代行サービス等が禁止されております(会社法144条)。 もし、同規制に反して非監査業務を自身が監査役を務める会社に提供した場合、非適格となり、監査役の地位から退くこととなります。これは、監査役の欠員として取り扱われます(会社法141条3項(i))。

 

(3) 内部監査
 内部監査は、組織のオペレーションを向上を目的とする、独立した、客観性を確保するためのコンサルティング活動であり、リスクのマネジメントやリスクコントロール及びガバナンス・プロセスの実効性や、財務的内部統制の実効性の評価及び向上を図るものです。

 会社法138条は、上場会社及び一定の会社において、勅許会計士、コスト会計士又は取締役会が定める専門家等が内部監査役として選任されることを求めており、会社従業員も内部監査役に就任することができます。

 内部監査役の業務範囲と機能に関しては、会社法及びその施行規則には規定されておらず、監査委員会又は取締役会が内部監査役と協議し、内部監査実施の範囲、機能、任期、手順について構築しなければなりません。

 

(4) 監査委員会の組成
 上場会社、払込資本金額1億ルピー以上又は総売上10億ルピー以上又は負債総額5億ルピー以上の公開会社は、独立取締役が多数を占める3名以上の取締役から構成される監査委員会を組成しなければならないとされ、(会社法177条1項)、また、議長を含む過半の取締役が、財務書類を読み解く能力を有するものでなければならないとされています。

 監査委員会は、会社監査役の選任、報酬及び任期に関して推薦する責任があり、監査役の独立性を検査し、財務報告に関する内部監査、リスクマネジメントシステムその他財務的メカニズムの安全性を評価しなければなりません。

 監査委員会は、監査役に、内部監査システムや、監査業務に関して意見を求めることができ、また、取締役会に提出される前に財務書類を検査することができます。また、法定監査または内部監査のマネジメントに関連する問題について、議論することもできます。

 

(5) 内部通報制度の構築
 会社法の改正に伴い、上場会社、公衆からの預かり金を実施している会社、銀行等金融機関から5億ルピー以上の借り入れを行っている会社に対して、会社の不正行為や反倫理的行為、懸念されるべき事項を、取締役または従業員が報告するための内部通報制度を構築する義務が導入されました(施行規則7条)。内部通報制度の導入にあたっては、同制度を利用したものが差別的取扱いを受けないために十分なセーフガードを設けることが求められております。

 

4 おわりに
 Satyamの粉飾決算事件をうけて、新しい会社法は、より透明性の高い監査システムを導入する共により高度な義務と説明責任を監査役に課し、インドにおけるコーポレートガバナンスの水準を向上させましたが、インド政府は、改正会社法には更なる改正が必要であるとする要請をなお受けており、インドにおける監査制度の今後の動向にはなお注視する必要があります。

 会社法の実際に運用していく上で発生する問題点に関して助言をするために2015年より設置された会社法委員会は、2016年2月に、専門家機関、産業団体、インド証券取引委員会、インド準備銀行といった規制実施団体から受領した情報をもとに作成したレポートをリリースしました。例えば、同委員会は、毎年の定時株主総会における監査役の不承認に株主総会普通決議が要求されるのに対して、任期満了前の監査役解任に中央政府の承認と株主総会特別決議が要求されるという不整合を理由に、監査役の承認手続きを廃止することを推奨しています。その後、2016年度会社法改正法案が、下院に提出されましたが、同法案では、株主総会による監査役承認手続きを廃止する条項が盛り込まれています。

 

棚瀬法律事務所 デリー駐在弁護士 遠藤 衛

ZEUS法律事務所(デリー)インド法弁護士 スニル ティヤギ

(本記事は、インドの法律事務所であるZEUS法律事務所と共同で執筆されています) 

以上

投稿者: 棚瀬法律事務所

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